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第438話

 うさぎのピーちゃんって、ピピのことを言っているのだろうか。唐突な話だ。しかも、また名前を間違って覚えている……。  アクセルはなるべく丁寧に答えた。 「……兄上、ピーちゃんじゃなくてピピだぞ。それに、飼っていたわけじゃないよ。山で偶然見つけて懐かれてしまったから便宜上名前をつけたけど、あれは特殊なうさぎだったから飼えないってわかって山に帰したんじゃないか。兄上も一緒にいただろう?」 「…………」 「というか、本当に何なんだ……。兄上、さっきからおかしいぞ」 「……よかった」  ここでようやく兄は太刀を鞘に納めた。そして心底ホッとしたように息を吐き、こちらを振り向かせて正面から抱き締めてきた。 「お前は本物のアクセルだ」 「ああ、俺は俺だよ」  ひとしきり抱き合った後、アクセルはそっと身体を離した。 「……で、何故こんなことをしたんだ? 気がおかしくなったのかと思った」 「ごめんね、今日はたくさんの神が集まっているから。中にはロキ様みたいな神もいるし」 「ロキ様って……?」 「オーディン様と義兄弟の契りを交わした神だよ。……正確には巨人族出身で神ではないけど。彼は変身が得意で、いろんな者に化けてくるんだ」 「えっ……?」 「さすがのロキ様もピピちゃんのことは知らないだろうと思ってカマをかけてみたけど、お前が本物でよかったよ。例え偽物でも、弟そっくりの人物を斬るのは勇気がいるからね」 「…………」  言われて、アクセルはだんだんぞっとしてきた。  ――まさか……まさか、俺がさっき会ったのは兄上ではなく……。 「あれは……ロキ様だった……?」 「……え。やっぱりお前、もうロキ様に会ってたの? 道理で言動が不自然だと思ったよ」 「…………」 「まさかと思うけど、お前ロキ様相手にチューなんかしてないよね? そんなことしてたらお兄ちゃん泣いちゃう……」  兄の言葉も耳に入らない。みるみる顔から血の気が引いていき、指先まで冷たくなっていくのがわかった。

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