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第439話

 兄も顔色の変化に気付いたのか、心配そうにこちらを覗き込んできた。 「え、ちょっと大丈夫? 今のは冗談だよ? お前がロキ様と間違ってチューしても、お兄ちゃんそれくらいで怒らないよ?」 「兄上……」 「うん、何? どうしたの?」 「どうしよう……。俺、ヤドリギのこと喋っちゃった……」 「ヤドリギ?」 「神器のひとつ……ミストルティン……バルドル様にとって、唯一の弱点……」  万物の加護があるバルドルを、唯一傷つけることができるのがヤドリギだ。  普通のヤドリギなら投げつけたところでたいした怪我はしないと思うが、あれはミストルティンという別名まで持っている特殊な神器である。使ったらどうなるかわからない。 「俺、屋敷に行ってくる! ヤドリギを取って来なくちゃ……!」  アクセルは慌てて走り出した。ほの白く光っているゲートに向かって飛び込もうとした時、世界樹の根っこに足を取られて派手に転倒してしまう。 「ぶっ……!」 「ほら、言わんこっちゃない」  兄がやや呆れたように手を差し伸べてきた。 「少し落ち着きなさい。慌てるとロクなことがないよ。私もついてってあげるから、案内してくれないかな」 「あ、ああ……」  差し伸べられた手をおずおずと握り返す。  ――兄上はいつも変わらないな……。  一刻を争う事態であっても、冷静で落ち着いている。暴走しがちな弟を(たしな)め、やんわりと手綱を引いてくれる。  こんな時だが、つくづく兄がいてくれてよかったと思った。自分一人だったら、慌てて暴走したままとんでもない失敗をしてしまいそうだ。 「じゃ、じゃあ……落ち着いて、屋敷に戻るぞ」 「うん、それがいいよ。では行こうか」  しっかり頷き、アクセルは兄と一緒にゲートをくぐった。  世界樹(ユグドラシル)の中は白い霧で包まれていた。そこには前後左右に無数の扉があり、近くまで行って見ないとどこがどこに繋がっているのかわからない。  来る時は自動的にヴァルハラに辿り着いたが、戻る時は正しい扉を選ばないと帰れないようになっているみたいだ。  ――本当に兄上がいてくれてよかった……。

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