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第512話

「……兄上」  ハッとして、急いで来た道を戻る。  兄も今川岸で一人なのだ。変な獣に遭遇してしまったらどうしよう。兄は強いし賢いから滅多なことは起こらないと信じたいけど、それでも心配なことは変わりない。  ――兄上、今戻るから……!  どこをどう走ったのかわからないが、どうにか川岸まで辿り着いた。聞かれても答えられないが、何となくこっちだという気がしたのだ。勘のようなものだ。 「兄上は……」  一度ぐるりと周囲を見回したが、兄の姿はない。  アクセルが辿り着いたのは水源からだいぶ下ったところのようで、兄がいる場所とは離れているみたいだった。  ――しょうがない、もう少し歩くか……。  足下に注意しながら、アクセルはひたすら上流に向かって歩いた。  普段から鍛えているとはいえ、パーティー以来何も口にしておらず、死者の国(ヘル)に落ち、巨人の国に行き、そこから更に山歩きをしているので、いい加減疲れてきた。  ヴァルハラに帰ったら、暖かいベッドでぐっすり眠りたい。美味しいご飯をお腹いっぱい食べて、ゆっくり湯浴みして、また兄と一緒に過ごしたい。それこそ買い物したり、鍛錬したり、狩りをしたり死合いをしたり……。  ――まあ、無理なんだけどな……。  叶わない妄想をしながら、黙々と歩く。  本当に、ラグナロクが起こっているなんて信じられないような静けさだ。常に乱戦が起こっているわけではないだろうが、「よし、出陣だ!」という気分にもなれない。  戦士としてあるまじきことかもしれないけど、できることなら神々の戦になんて巻き込まれたくなかった。俺たちはただのエインヘリヤルだ。戦争なんてお前たちで勝手にやってくれ。  ――そういえば……。  ふと、先程戦った大蛇のことを思い出す。

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