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第524話
「とにかく急がなきゃ……俺、こんなところで溶けたくない……」
必死の表情で訴えたら、兄は小さく頷いてくれた。そして愛刀を鞘に納め、空いた右手でしっかりとこちらの手を握った。
「……行こうか。私も早く両手で戦いたい」
言うやいなや、兄はこちらを引っ張るように走り出した。神獣が姿を現すより先に、横をすり抜けて振り切ろうとする。
「ぴー!」
「……!?」
だが次の瞬間、神獣の鳴き声が聞こえた。それはかつて、ペットとして飼いたいなと思っていたうさぎの鳴き声によく似ていた。
「兄上、待ってくれ!」
「ええ? 急げって言ったり待ってと言ったり、気まぐれな子だね? 今度は何だい?」
「いや、ちょっと……」
アクセルは足を止め、そっと茂みまで近づいた。そして小さく声をかけた。
「……ピピ? ピピなのか?」
「ぴー」
一声返事があったかと思ったら、茂みからガサッとうさぎの顔が飛び出してきた。やたらと耳が長く、身体も通常のカンガルーの二倍以上ある。ヴァルハラの図書館で調べた神獣と同じ姿だった。
その神獣が、暗がりの中でこちらをじっと見つめてくる。
「ピピ……本当にきみか……?」
「ぴー」
「よかった……! きみ、無事だったんだな。というか、随分大きくなったな……」
「アクセル、すき」
「ありがとう、俺も大好きだよ」
言葉もちゃんと覚えていたようで安心した。全体像はよく見えないけれど、これは間違いなくピピだ。
思いもよらない味方に遭遇し、アクセルはホッと手を伸ばそうとした。
だが……。
「うっ……!」
全身に激痛が走り、その場に崩れ落ちてしまった。肌がジリジリ焼け、身体の先端から徐々に溶けていくのが嫌でもわかる。
――くそ、一瞬気が緩んだか……!
もう一度狂戦士になろうとしたけれど、集中力を高めるどころか激痛で呼吸すら満足にできなくなる。これ以上歩けそうにないし、起き上がることもままならない。
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