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第526話(フレイン視点)

 ――死に別れるのは御免だよ……。  今度はもう一人で死にたくない。生前は弟に看取られてしまったけれど、どうせ死ぬならお互いの顔を見合って死にたい。離れ離れになるのはもう嫌だ。隣を見れば当たり前のように弟がいる。それがヴァルハラでも死者の国(ヘル)でも構わない。自分たちにとって当たり前の日常を、当たり前に送りたいだけだ。  そのためにも、こんなところで弟を失うわけにはいかない。 「ぴー!」  ピピが鳴き声を上げた。草木が途切れ、広い荒野のような場所に出た。漆黒の空には白い月が昇っていて、何もない地面をほんのりと照らしていた。  ――あれは……!  月光を浴びた湖面が、優美に輝いているのが見えた。透明な水を湛えた泉は、自分の記憶より遥かに広く拡大していた。泉というより、まるで湖のようだった。  そう言えば、ラグナロクに際して教会――オーディンの棺がある場所――を取り壊す代わりに、もともとあった泉を拡張工事したんだっけな……と思い出す。もっとも、ここまで広く拡張するとは思っていなかったが。 「ぴー!」  ピピが泉の(きわ)で急に足を止めた。止まった反動で、フレインとアクセルは泉に向かって放り投げられた。  フレインは片腕でしっかり弟を抱えると、そのまま泉に飛び込んだ。  ザブン、と大きな音がしたが、すぐさま音が水の膜に覆われる。飛び込んだ拍子に細かな泡が立ち、もこもこと身体中に纏わりついた。それが少しくすぐったかった。  ――アクセル……!  水中で弟の顔を覗き込む。唇からぽこん、と気泡が吐き出され、呼吸は止まっていないことがわかった。何とか間に合ったようだ。  フレインは一度水面に浮上し、弟が溺れないよう気をつけながら泉の際まで泳いでいった。そして浅瀬に身体を浸しながら、改めてピピに礼を言った。 「ピピちゃん、ありがとう。おかげで何とかなりそうだよ」 「ぴー」

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