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第530話(フレイン視点)

「んー……僕はあまり深いことは考えないようにしてる。ただ、オーディン様が必要以上に『死』を恐れてるのはわかるかな」 「死を恐れている……?」 「うん。オーディン様って確か『ラグナロクが始まったらフェンリルに飲み込まれて死ぬ』って予言されてたよね? だからそうならないように、僕たちみたいな眷属をいっぱい集めて戦力増強に努めてたわけでしょ? それってつまり『死にたくない』って思ってたからじゃないのかなー」  随分シンプルな考えだが、納得できなくもなかった。さすがにミューは考えることが他の人と違う。  するとジークが「いやいや」と手を振った。 「オーディン様は知恵や魔力を得るために、自分の目を抉ったり自分自身を七日間も世界樹(ユグドラシル)に串刺しにしたりする神なんだぞ? そんな神が『死』を恐れたりするかね?」 「自分で選ぶならともかく、与えられる『死』は誰だって嫌なものですよ」  ミューの代わりにユーベルが答える。 「わたくしは生前、それなりの数の自殺志願者を見てきましたが、彼らは『死にたい』という割に殺されることは望んでいませんでした。『もう死にたい』と言っている者に限って、いざ処刑が決まると泣き喚いて命乞いをするものなのです。オーディン様も案外、それと似たような心境なのかもしれません」 「……なるほどな。ユーベルの見解も一理あるかもしれん。……でもそれなら、なおのことラグナロクを起こすのはおかしくないか? 本当に死ぬのが怖いなら、わざわざリスクを高めるようなことはしないだろ」 「……それに関しては何とも。最高神の考えはわたくしにはわかりません」  諦めたように、ユーベルは愛用の櫛で髪を梳かし始めた。  ジークも肩をすくめ、「確かにわからんよな」と仰向けに水に浮かぶ。  ミューに至っては、水辺のピピに食べかけの飴をあげようとしてそっぽを向かれていた。

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