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第534話

 優しい夢を見ていた。兄と生前住んでいた家で日常を送っていた。年齢は同い年の状態だったが、夢なので特に違和感は覚えなかった。 「おはよう、兄上。朝食できてるぞ」 「うん、ありがとう。顔を洗ったらいただくよ」  そんな会話を交わしつつ、アクセルはテーブルについた。  平凡だったが幸せな夢だった。こんな当たり前の日常がずっと続けばいいのにと思った。  今はラグナロクの最中で殺伐としているけれど、できることならそれを早く終わらせて、また平和な日常に戻りたい。  兄と同じ家で生活して、兄と一緒に食事をとって、兄と一緒に買い物したり鍛錬したり、時々趣味の木彫りをしてみたり、ピピに会いに行ったり、たまに死合いに出たり……。  ――アクセル、起きて。  天から兄の声が降ってきて、夢の中でふと我に返った。  そうだな、今は夢に逃げている場合じゃない。ちゃんと現実を見なくては。ラグナロクを生き延びるために、この先どうするかを考えなくては。  アクセルは意識を浮上させた。視界全体がホワイトアウトした後、すぐに夜の暗闇に変わった。  ゆっくりと目を開けたら、燦然と輝く星空が見えた。次いで、全身が水に浸っている感覚を味わった。ちょっと冷たかったが、特に痛みは感じなかった。  ――ああ、そう言えば蛇の体液で死にかけたんだっけ……。  泉に到着する前に気を失ってしまったようだが、何とか死なずに済んだみたいで少しホッとした。死ぬことそのものは恐くないが、兄を置いて一人で死にたくない。 「やあアクセル、身体はもう大丈夫かい?」 「……!」  兄がこちらを見下ろしてくる。現実でも兄が側にいてくれて、何故か無性に嬉しくなった。  アクセルは両腕を伸ばし、兄の首元に抱き着いた。兄がちゃんと生きてここにいるということが、何よりも幸せだと思った。

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