570 / 2013

第570話

「それに……兄は重要なことであればあるほど、俺に何も言わなくなるんです。どうでもいいことだったら、気軽に誘ってきますけどね。俺に黙って出て行った時点で、ただ事じゃないことはバレバレなんですよ。おおかた、どこか危険な場所を攻略にでも行ったんでしょう? で、ユーベル様は俺が勝手に出て行かないよう、ここに残って見張っているんですよね?」 「……そこまでわかっておきながらわたくしを振り切って出て行こうだなんて、あなたもなかなかいい度胸をしていますね」  ここで初めて、ユーベルの雰囲気がガラリと変わった。常に「優雅であること」を貫いていた彼が、あからさまな殺気を出し始めた。さすがにぞっとした。  ユーベルはティーカップを置き、席から立ち上がった。 「わたくしがここに残っている理由は、あなたの推測通りです。あなただけではなく、他の戦士が勝手に出ていくことを防ぐためですね。では何故わたくしが残されたのでしょう? ただ単に引き留めるだけなら、ジークでもミューでもよかったはず。にもかかわらず、わたくしがここにいるのは何故だと思いますか?」 「何故って……」 「簡単です。いざという時も情に流されず、脱走しそうな者を拘束できるからですよ」 「!? ……うわっ!」  背後に気配を感じ、咄嗟に抜刀しようとしたが遅かった。  アクセルは両手首を後ろで拘束され、あれよあれよという間に全身を紐のようなもので縛られてしまった。  ――何だこれ……!?  身体を揺すっただけではびくともしない。絹のように細い紐なのに、まるで千切れる気配がなかった。おそらく、アクセルのヤドリギ(ミストルティン)よりも遥かに強靭だ。 「わたくしに授けられた神器・グレイプニルです。もちろんレプリカですが、効果は本物とほとんど変わりありません」  ユーベルが嫣然と微笑んだ。その手には、彼の得意武器である演舞用の剣が握られている。いつぞや宴で使っていた、鉄をリボンのように薄く鍛えた剣だ。

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