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第615話

 狼……と言っていいのだろうか。毛並みは透明で、陽光を受けて全身がギラギラ光っている。山ひとつくらいなら平気で丸呑みできそうな巨大さで、歩くだけで地震のような揺れがこちらに伝わってきた。あれが象だとすれば、自分たちは恐らく蟻以下の存在だろう。 「……あれ、フェンリルじゃないの? オーディン様を飲み込むって予言に書かれている、氷の狼」 「フェンリル……!? それって確かロキの息子だったよな? それが何でこんなところに」 「さあね……。『オーディン様を~』っていうのが予言にあったから、本物のグレイプニルで縛られてたはずなんだけど」 「グレイプニルって……確か、ユーベル様が持っていた神器……」 「そう、何をしても切れないっていう魔法の紐さ。レプリカだけど、お前も縛られたことあったよね?」  それに関しては記憶に新しい。ユーベルに兄の居場所を聞いた時、拷問と称して一度縛られたのだ。自力で解くのが不可能というのは、身をもって体験している。 「フェンリルは縛られていたんじゃないのか? どうしてここにいるんだ?」 「わからないよ。ラグナロクのどさくさで解き放たれちゃったとか」 「解き放たれたって……。あんなのに襲われたら、ヴァルハラが丸ごと喰われてしまうぞ……!」  一〇〇〇頭の狼だけだったら――まだ何とかなったと思う。  でもフェンリルはダメだ。あの大きさでは、脚が当たっただけでも即死してしまう。そもそも神器が通用するのかも怪しい。グレイプニルでもフェンリルを止めることができなかったのなら、他の神器も通用しないのではないか。出会った時点でこちらに勝ち目などないのではないか。 「ぴー!」  その時、岩陰に隠れていたピピが大慌てで走ってきた。あの巨大なフェンリルを見ても逃げずに待機していたのか。勇敢になったなぁ……などと、場違いにも少し感心してしまう。

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