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第622話
「ぴー」
ピピが鳴きながらこちらに鼻面を押し付けてくる。何の意思表示か、しきりに耳をパタパタさせていた。
「どうしたピピ? どこかに行きたいのか?」
「ぴー」
「でもあまり遠くに行くと兄上が心配するからな。兄上が戻ってくるまで、ここで待機してような」
「ぴー! ぴー!」
「ぐえっ……!」
唐突に頭に噛みつかれ、首がもげそうになった。小さい頃はただ歯形がつくだけだったが、大きくなってから噛みつかれると、結構なダメージがある。
「ちょ、ストップストップ! 痛いからやめてくれ!」
大きめの声で制したらようやく放してくれたが、何かを訴えかけている目はそのままである。
「もう……本当に何なんだ? 何か言いたいことがあるのはわかるんだが……」
「ぴー」
「何にせよ、今ここを離れるのはだめだ。少しの間だからいい子で待ってような。兄上が戻ってきたら、気になっているところに行こう」
「ぴー!」
堪忍袋の緒が切れたのか、ピピはアクセルに噛みつくとひょいと自分の背中に放り投げた。戸惑っている間もなく、アクセルを乗せたまま猛スピードで走り出した。
「あっ、こら! 勝手に走るな! 止まってくれ、ピピ!」
みるみる橋が遠くなっていき、あっと言う間に監視塔も見えなくなってしまう。こんなに遠ざかってしまったら、兄が戻ってきた時に合流できない。兄の懸念通り、「またしばらく会えない」状態になってしまう。
「ピピ! 頼むから言う事聞いてくれ! 今兄上と離れるわけには……」
そう言いかけた時、走っているのと正反対の方向に半透明のシルエットが見えた。山よりも大きく、獰猛な肉食獣の形をしている。
――あれは……!
気付いてぞっとした。距離は離れているが、じっくり見るまでもなくフェンリルに違いなかった。
アクセルはピピの耳を引っ張った。
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