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第623話

「ピピ、大変だ! フェンリルがもう戻ってきた! 兄上に知らせに行かなきゃ!」 「ぴー!」 「ピピ、何してるんだ!? 橋に戻るんだよ! 監視塔に行かないと……!」  いくら訴えても、ピピは全く脚を止めようとしない。フェンリルから遠ざかるように、橋からも遠ざかっていく。  こうなったら仕方ない……と思い、アクセルは走っているピピの背から飛び降りた。結構なスピードだったので着地を失敗して勢いよく転倒してしまったが、すぐに跳ね起きて元来た道を引き返した。 「兄上……! あにう……うわっ!」  けれど走り出してすぐにピピから突進され、数メートル先まで吹っ飛ばされてしまう。そして間髪入れずピピにのしかかられ、アクセルは起き上がることもできなくなった。 「ピピ、どいてくれ……! このままじゃ兄上が……」 「ぴー!」 「ピピ……! お願いだから……」 「ぴー……」  悲しげな顔をしつつも、「だめだよ」と首を横に振るピピ。何が何でもアクセルを足止めするつもりらしく、どう説得しても聞いてもらえそうになかった。フェンリルと遭遇したらおしまいだと、本能的にわかっているみたいだ。  でも……。 「兄上……」  大切な人を思い、小さく呟く。  今から橋を渡って監視塔に行っても、何もできないのは薄々わかっていた。アクセルにできることは「フェンリルが来た」と知らせることだけで、それ以外にできることは特にない。  それにあれだけ大きな神獣ならば、アクセルが知らせるまでもなく兄たちも気付くだろう。彼らは歴戦の猛者だから、フェンリルと遭遇してもそう簡単にはやられない。  だとしても、ここで兄の元に駆け付けられないのは辛くてたまらなかった。こんなことになるのなら、ピピを待たせてでも監視塔について行けばよかった。結果的に逃げるしか道がなくても、一人で逃げるのと兄と一緒に逃げるのとでは天と地ほどの差がある。

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