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第632話

 ――これ、幻じゃないのか……?  会話になるなんて予想外だ。一体どう答えればいいのだろう。さすがに「弟です」とは言えないし……。  悩んだ挙句、アクセルは苦し紛れにこう言った。 「あなたの身内だよ」 「身内……?」 「そう、遠い親戚みたいな……」 「……ふーん。じゃあそういうことにしといてあげる」  疑わしい顔をしつつも、兄はそれ以上の追究をやめて再び草を毟り始めた。  ちょっと苦笑し、アクセルも隣に座り込んだ。 「……なあ、一人で寂しいなら俺と鍛錬しないか?」 「鍛錬……?」 「かけっこでも打ち込みでも何でもいいぞ。そうやって草毟りしているより、よっぽど有意義だろ?」 「……いい。そんなのやったって、楽しいのは今だけだもん」 「いや、それはな……」 「お兄ちゃんだって、どうせすぐにいなくなっちゃうんでしょ。だったら僕なんかにかまわなくていいよ」 「…………」 「みんな大っ嫌い!」  兄が引き抜いた草を思いっきり投げつけてくる。ただの草きれなので痛くはなかったが、代わりに心臓が抉れるように痛んだ。  ――兄上、ずっとこんな気持ちで……。  今の人柄からは想像もできないほど闇を抱えている。誰にも相手をしてもらえず、何をする気も起きず、日頃の鬱憤を晴らす場所もなかった。  そういう環境にあったから、アクセルが生まれた時、親の代わりに世話をしてくれたのだ。少々過保護なくらいに可愛がってくれたのだ。そうすることで、自分の孤独を慰めていたのだ。  大抵のことは「どうでもいい」スタイルでいる兄が、弟のこととなると驚くほどの執着を見せるのは、子供時代の辛い経験があったからかもしれない。  ――兄上……。  想像したら涙が溢れてきて、アクセルは小さな兄の前でぼろぼろ泣いてしまった。 「え、あの……どうしたの? 何でお兄ちゃんが泣いてるの?」 「あなたが、あまりに可哀想で……」 「…………」 「ごめんな……俺、何も知らなくて……何もしてやれなくて……」  小さな兄を抱き締めながら、アクセルは手放しで泣いた。  兄は戸惑っていたが、自称・身内の青年を振り解くことはなかった。

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