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第633話
どれだけ泣いていたのかわからないが、しばらくしてアクセルは顔を上げた。
「……あの、もういい?」
「ああ、すまない……」
一度涙を拭こうと思ったら、兄が服の袖で目元をゴシゴシ拭ってくれた。
「お兄ちゃん、泣き虫だね。強そうに見えるのに、なんかもったいない」
「俺は全然強くないよ。あにう……いや、俺の一番身近にいる人の方がずっと強い」
「ふーん……? まあどうでもいいけど」
兄は興味をなくしたように、アクセルに背を向けてしゃがみ込んだ。
「もうあっち行っていいよ。僕のことは放っといて」
「そういうわけにはいかないよ……。このまま帰ったら、あなたのことが気になって仕方なくなる。放っておけない」
「何でそんなに僕にかまうのさ? お兄ちゃんには関係ないじゃない」
「関係あるんだよ。俺はあなたの……」
弟なんだ、という台詞が喉元まで出かかって、アクセルは慌てて咳払いをした。今そんなことを口にしても、余計に不審がられるだけだ。
「とにかく、俺はあなたを見捨てたりしない。約束する」
「……そんな約束したところで、どうせすぐいなくなっちゃうじゃない。父上や母上ですら僕の側にいてくれないのに、他人のきみがいてくれるはずない」
「いや、いる。今からずっと……というわけにはいかないが、五、六年後くらいに『あなたの弟』として戻ってくるから」
「……え?」
そう言ったら、兄はきょとんとしてこちらを見上げた。純粋に驚いているようだった。
アクセルは重ねて言った。
「そう、弟だ。五、六年後くらいに弟ができる。甘ったれで泣き虫だが、あなたのことが大好きなやつなんだ。可愛がってやってくれ」
「……またそんな。そんな冗談言われても、笑えないんだけど」
「冗談じゃないよ。……いや、嘘だと思うならそれでもいい。でも心のどこかに留めておいてくれると嬉しいな。あなたの弟が、あなたに会える日を待ってる」
「…………」
兄は再び前を向いた。そして草を二本引き抜き、端と端を結んでひとつの輪を作った。
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