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第634話

「そうか……弟か……。本当にできたら楽しいだろうな……」 「ああ。俺と……いや、弟と一緒にいる時のあなたは、本当に毎日楽しそうだ。寂しそうな顔なんて一度もしたことがなかった」 「……そうなんだ。それはよかった」  ここで初めて兄が笑った。孤独が解消されたわけではないが、それでもほんの少しの希望にはなったみたいだ。 「……ありがとう。弟ができるの、楽しみになってきた」 「そうか」 「じゃあ、こんなしょんぼりした姿、見せられないね。弟には常に立派なお兄ちゃんでいなきゃ」  そう言って、兄はスッ……と立ち上がった。そしてこちらを振り向いて、また笑った。 「僕、鍛錬して強くなるよ! それで弟を守るんだ! あと、弟が寂しくならないように、めいっぱい可愛がってあげるんだ!」 「あ、ああ……」 「お兄ちゃん、ありがとう! またね!」  小さい兄が駆け出す。その姿が徐々に薄くなっていく。 「兄上……! 待ってくれ、兄上!」  そのまま放っておけなくて、アクセルは兄を追いかけて走り出した。  だが次の瞬間、ガシッと強く肩を掴まれ、行く手を阻まれてしまう。 「離してくれ! 俺は兄上を追いかけないと……!」 「目を覚ましなさい! お前の兄はこっちだよ!」 「えっ……?」  肩越しに振り返った途端、周りの景色がガラリと変わった。変わったというより、元に戻ったと言った方が正しいか。 「兄上……?」 「そうだよ、私だ。お前のお兄ちゃんだよ」  間違えるはずもない。アクセルの知っている兄がそこにいた。自分より十一歳年上で、二十七歳で亡くなり、ヴァルハラではランキング三位の強者である。 「兄上……どうしてここに……」 「一時避難して戻ってきたら、ピピちゃんがおとなしく地面に座ってるのを見つけてね。それならお前も一緒だろうと思ったら、『地下に探索に行った』って言うじゃない。これは危ないと思って、慌てて追いかけたんだ」 「え……え……?」 「それよりお前、前を見てごらん」  言われるまま、顔を正面に向け直す。視線を少し下げたところで、反射的にぞっとした。 「っ……!」

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