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第635話
一歩進んだ先には、あるべき地面がなかった。
代わりに通路いっぱいに穴が空いており、その下には透明な刺が無数に生えている。おそらく尖った氷だろう。普通の戦士が扱う槍よりかなり太く、落ちたら氷の山に刺さって一貫の終わりだった。
現に穴の底には動物の骨らしきものが転がっており、中には人間の腕と思しき骨も含まれている。過去にここに落ちて死んだ者もいるのだろう。兄が止めてくれなかったら、自分も間違いなくこうなっていた。
「危なかったね。足元はちゃんと確認しなきゃダメだよ」
「あ、ああ……」
「さて、そろそろピピちゃんのところに戻ろうか。ピピちゃんも待ちくたびれていたし」
「げっ……! もうそんな時間か!?」
三十分以内に戻ると約束していたはずが、幻に引っ掛かったせいですっかり忘れていた。ピピに悪いことをしてしまった。
兄が踵を返したので、アクセルも急いでその後を追った。
兄の幻影を追っている間にかなり奥まで歩いてきてしまったようで、階段に辿り着くのに随分な距離があった。
――しかし何だったんだろうな、あの幻は……。
何故兄の子供時代のことを見てしまったんだろう。というか、あれは本当にあったことなんだろうか。そもそも、幻のはずの兄と会話ができたこと自体、意味不明なんだが……。
「あの、兄上……」
どうしても気になって、アクセルは階段を上りながら尋ねた。
「俺が生まれるより前に、誰かに『そのうち弟が生まれるよ』みたいなこと言われなかったか?」
「ん? 何でそんなこと聞くの?」
「いや、ちょっと……。さっき見た幻が引っ掛かって……」
「ええ……? お前、一体何を見ていたんだい? おかしな子だね」
そう呆れながらも、兄ははぐらかさずに答えてくれた。
「確かに、初めて会ったお兄さんに『五、六年後に弟が生まれる』って予言されたかも。名前も全然知らない人だったけど、見た目はちょっとお前に似てたな」
「……え」
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