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第638話

 二人揃って階段を上りきり、地上に戻る。途端、ピピが待ちかねたように走ってきた。 「ごめんな、ピピ。遅くなって悪かっ……」 「ぴー!」 「……ぐえっ!」  ちょっと怒っているらしく、走ってくる勢いのまま頭突きされて軽く吹っ飛ばされた。  急いで跳ね起きたが、ピピはむすっとしたようにそっぽを向き、くるりと地面に丸くなってしまう。  アクセルは、宥めるようにピピを撫でた。 「ごめんって。つい幻に夢中になっちゃって……俺が悪かったよ、反省してる」 「おや、そんな夢中になるほどの幻だったの? 本当に何を見てたんだろうねぇ?」  兄までじっとりした目を向けてきたので、焦って首をぶんぶん振った。 「違う! そんな変な幻は見てない! 子供時代の兄上に会っていただけで……」 「えっ? 子供時代の私? それ、お前が生まれる前の話?」 「……あ」  ……どうやら墓穴を掘ってしまったらしい。何を見たかなんて言うつもりなかったのに、つい口を滑らせてしまった。  兄はますますじっとりした目でこちらを見てきた。 「ははあ……それでさっき、変なこと聞いてきたんだね? 私の過去を見たから、確かめたくなったんでしょ」 「で、でもほんのワンシーンだったし……」 「ワンシーンでも、私の過去を見たことには変わりないでしょ。やだなぁ、そんなものを勝手に盗み見るなんて。プライバシーの侵害だね」 「……すみません」  あの幻は、アクセルが見たいと願ったものではない。ほとんど巻き込まれ事故みたいなものだが、それでも兄にとってあまり見られたくない過去だったのは確かだ。  それを勝手に見た挙句、夢中になって罠に引っ掛かりそうになるなど迷惑極まりない。  しゅん……と肩を落としていたら、兄はちょっと眉尻を下げて苦笑した。 「……お前が生まれる前の私、かっこ悪かったでしょう。不貞腐れてばかりで、見てて気持ちのいいものじゃなかったよね」

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