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第642話
アクセルが首を捻っていると、兄はにこりと微笑んで橋を渡り始めた。二メートルほど進んだところで、くるりとこちらを振り返る。
「ほら、お前も早くおいで」
「おいでって……俺はいいが、ピピは渡れないだろ。ここまで一緒に来たのに、置いていくわけには……」
「大丈夫だよ、今回はピピちゃんも一緒に行けるはず。とにかく、おいで」
「…………」
隣でおとなしくしていたピピを見上げる。
ピピは、不安そうな顔でこちらに鼻面を寄せてきた。服の裾を軽く食み、「置いてかないで」と言っていた。
アクセルは軽く毛並みを撫でて、言った。
「兄上が『おいで』ってさ。すぐ戻ってくるから、ちょっと待っててな」
「ぴー……」
「大丈夫だ。今度は罠には引っ掛からない。兄上が一緒だからな」
自分に言い聞かせるように告げて、アクセルも兄の後ろから橋を渡った。
二人分の体重がかかっているせいか、橋の揺れやたわみも大きく感じた。ギシギシ軋むだけでなく、橋の板自体も一部割れているところがあった。
――うう……この橋、危険すぎる……!
先程は凍っていたから安心して渡れたが、そうでなければ絶対に渡りたくない。眼下の大渓谷は深すぎて底が見えないし、橋そのものも不安定すぎていつ落ちてもおかしくない状態だ。
神獣や巨人と対峙するのは平気だが、こういうタイプの恐怖は正直苦手である。
「あの、兄上、本当にどこまで行くんだ……。ちょっともう、勘弁してくれないか……?」
「ありゃ。お前、こういう吊り橋苦手だったっけ? じゃあ手を繋いでいこうか?」
「け、結構です……。手なんか繋いだら、余計にバランスとりづらくなるし……」
そう強がってみせたら、兄は面白そうにニヤリと笑った。何で兄は平気な顔で橋を渡れるのか、意味がわからない。
その兄が、橋の真ん中辺りで足を止めた。
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