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第643話
「この辺でいいかな」
「……? ここに何があるんだ?」
怪訝に思っていると、兄は唐突に橋の両際を繋いでいるロープを跨いで飛び越えた。そして後ろ手にロープを掴み、古い木板の端に立った。兄の体重が橋の左側にかかり、橋全体が左に軋んだ。
「ちょ、兄上!? 何してるんだ!?」
ぎょっとして兄に歩み寄る。大きく揺らしたらマズいのでなるべくそっと近づいたが、その間にも脚が震えて仕方なかった。橋の恐怖ももちろんだが、兄を失ってしまうことが何より恐ろしかった。
「兄上、頼むからそんなことしないでくれ……。俺が頼りなくてめんどくさい弟なのはわかるよ……。でも兄上がいなくなったら、俺はどうしていいかわからない……。だめなところは直すようにするから……だからどうか身投げだけは……」
「ちょっと落ち着きなさい。こんなところで騒いだ方が危ないよ」
「だって兄上……」
「というか、身投げじゃないし。透ノ国に行くだけだよ」
「……えっ……?」
ポカンと目を見開いたら、兄は微笑みながら続けた。
「この大渓谷が透ノ国の入口だって、さっきの本に書いてあったでしょう? つまりここから飛び降れば、透ノ国に行けるってことだよ」
「と、飛び降りる……? 本気か……?」
「うん。この橋も、渓谷の真ん中から飛び降りられるように作られたのであって、渡るためじゃないからね。透ノ国がどんな場所かわからないけど、行ってみる価値はあるでしょ」
「わ、わかった! わかったからとにかく一端こっちに戻ってきてくれ! そのままじゃ落ち着いて話ができない」
「え、そう? 実践して見せた方がいいかと思ったんだけどなぁ」
そういうと、兄はあっさりとこちらに戻ってきてくれた。それでまた橋が不安定に軋んだが、兄の腕を掴んだら心底ホッとした。ホッとしすぎて腰が抜けそうになった。
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