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第644話

 兄がおかしそうに笑ってくる。 「お前、早とちりしすぎだよ。このタイミングで私が身投げなんてするわけないじゃない」 「だ、だって……あんなことしたら、誰だって身投げだと思うだろ……」 「やだなぁ、そんなのあり得ないって。お前を失った後ならともかく、今ここで身投げするなんて絶対ないよ」 「それならいいんだが……あの、とりあえず一度ピピのところまで戻らないか……? これ以上は気持ち悪くなりそうだ……」  不規則に揺れる吊り橋と、底なしの恐怖に当てられてだんだん胃の辺りに不快感が溜まってきた。今はまだ平気だが、さすがにこんなところで嘔吐はしたくない。 「まあ、さっきからピピちゃんもずっとこっちを見てるからね。一度戻ってあげた方がいいか」  そう言って兄は、アクセルの手を引いて橋を戻り始めた。兄が大股で歩くので橋の揺れも大きくなってしまい、それでまた気持ち悪くなった。 「……う……」  ようやく安定した地に足をつけることができ、ホッとしたのと同時にどっと疲れが襲ってきた。アクセルは思わず地面に座り込み、深い呼吸を繰り返した。 「ぴー……」  ピピが心配そうにこちらに顔を寄せてくる。すんすん、と鼻面を押し当て、アクセルを癒そうとしていた。 「……アクセル、だいじょぶ?」 「ああ、何とかな……」 「アクセル、高いとこ怖い?」 「いや、うん……さすがにここまで不安定で底が見えないと、ちょっと……」  そう言って苦笑したら、今度は兄が顔を覗き込んできた。こちらの前髪を掻き上げ、額に手を当ててくる。 「お前、顔色悪くない? そんなに高いところダメだった?」 「そ、そんなことないと思ってたんだけどな……。足場がしっかりしてないのは、ちょっと苦手かもしれない……」 「じゃあ飛び降りるのやめとく? お兄ちゃんだけで行って来ようか?」 「それは絶対嫌だ! 置いて行かれるくらいなら俺から先に飛び降りてやる!」  そう意気込んだら、兄はにこりと笑って「いい子いい子」と髪を撫でてくれた。

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