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第645話

 アクセルは恐怖を無理矢理ねじ伏せ、立ち上がった。ここで怖がっていては何も始まらない。進まなければならない時は絶対にある。  ――それに、兄上と一緒なら……。  そっと手を伸ばし、兄の手を握った。意外とたくましい手を握っていたら、閉じ込めていた恐怖が少しずつ薄れていった。 「ぴー」  ピピもすりすりと身体をすり寄せてくる。ふわふわの毛並みが頬に当たり、ちょっとくすぐったかった。 「ああ、そうだな。ピピも一緒だ。みんな一緒なら怖くない」  アクセルはもう片方の手でピピを撫でた。今ではピピも大事な家族だ。平和になったらヴァルハラに大きな庭付きの家を建てるという夢も、忘れていない。  腹を括り、ピピの背に飛び乗る。すぐ後ろに兄も乗ってきた。そして背後から抱き締めるように、両手にそれを重ねてきた。 「ここまで密着していれば怖くないね」 「兄上……」 「大丈夫、落ちてしまえばあとは一瞬さ。気付いた時には透ノ国に着いてるよ」 「ああ、そうだな」  アクセルはもうひとつ深呼吸した。目の前の橋は相変わらずボロボロで、時折風に吹かれて不安定に揺れている。 「ピピ、走れ」 「ぴー」  掛け声と共に、ピピが走り出した。橋の上を素早く駆け、一気に真ん中まで到達する。男子二人と大型神獣の体重が加わり、渡ってきた側のロープがブチッと切れた。端からバラバラと橋が落ちていく。 「跳べ、ピピ!」 「ぴー!」  ピピは落ちていく木の足場を蹴って、何もない空間へとジャンプした。  一瞬ふわっと浮いた感じがしたが、すぐに重力に引っ張られて深い大渓谷へ吸い込まれた。全身に風の抵抗を受け、髪の毛が全部逆立った。  風圧がすごくて、目を開けていられなくなる。  ――次に目を開けたら、透ノ国に着いていますように……!  そう強く祈り、アクセルは目を閉じた。どこまで落ちたのかもわからないまま、次第に何も感じなくなった。

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