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第648話

 ――ああもう……このガキ、一発ぶん殴っていいかな……。  というか、自分で自分を殴るんだったら虐待には当たらないんじゃ……などと考えかける。大人になった自分ですらイライラするのだから、少年だった兄はもっとイライラしたに違いない。手を上げたくなったことも絶対にあったはずだ。  もっともアクセルは、兄に殴られた覚えはないのだが……(軽く「ペシン」とやられたことならある)。 「…………」  泣いている弟にはかまわず、兄は黙々とテーブルの上を片付けた。食器を全部流しに持って行き、まき散らされたお粥を雑巾で拭き、全部元通りにして何事もなかったように家の外に出る。  何をするのかと思っていたら、当たり前のように干してあった洗濯物を取り込み始めた。食事より先に洗濯物を片付けようと思い直したみたいだ。  大きさの違う衣類を全部抱え、家に戻って黙々と畳み始める。少年用の衣服より、明らかに赤子サイズの服の方が多かった。それだけアクセルが服を汚している証拠だ。  ――兄上は何で我慢できたんだろう……。  いくら自分の弟だからって、面倒を見なければならない義務はない。そもそも本来、子供を育てるのは親の仕事のはずだ。兄はあくまで「育てられる側」であり、「育てる側」に回る必要はない。  それなのに何故兄は、こんなに手のかかる弟を育てられたのだろう。自分の仕事ではないはずなのに、どうして……。 「ぴー!」 「……ぐえっ!」  突然腹部に重みを感じ、アクセルは飛び起きた。一瞬、どこにいるのかわからなかった。 「おや、やっと起きたね。お前は相変わらず寝つきがいい」 「っ……!?」  兄の穏やかな顔が見える。空は穏やかに澄み渡って、雲のような小島がいくつも浮いていた。  ――……って、小島??  寝ぼけているのかと思って目を擦ったが、やはり雲ではなく小島だ。しかも水平に浮いているものばかりではなく、垂直に立っている島もあれば斜めに傾いている島もある。重力をまるっきり無視しているかのような光景だった。

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