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第650話

 まず目に入ったのは、一般的な家庭にある二人用のダイニングテーブル。その奥にはこぢんまりしたキッチンと、別の部屋に繋がるドアが見えた。  が、住人がいる気配はない。  ――誰もいないのか……?  誰も住んでいないのに、家だけが唐突に現れるというのもおかしな話だ。もしかすると、これも幻の類いかもしれない。そう言えば、何となく生前に住んでいた家に似ているような気もするし……。 「誰もいないみたいだね。せっかくだから入ってみようか」 「えっ!? ちょっ……」  兄が家のドアノブに手をかけ、堂々と扉を開け放つ。そして大胆にも、部屋の中に足を踏み入れてしまった。 「ちょっと待ってくれ兄上! これが罠だったらどうするんだ!」 「その時はお前がフォローしてくれればいいよ。……それにこの家、何か見覚えない?」 「見覚えって……」  仕方なく、ぐるりと部屋の中を見回す。  二人用のダイニングテーブル、壁には小さな風景画、窓際には観葉植物代わりのサボテンがある。子供の頃は、無暗にサボテンに触って指をよく刺したものだ。そういう意味で、昔はサボテンが苦手だった(今は平気だけど)。  ――ん? ということは……?  ふと、ダイニングテーブルの隅に目をやる。薄い傷はいくつもあったが、一ヶ所だけナイフで抉れたような大きな傷があるのを見つけた。これは確か家に蛇が出た時、兄が逃げ回る蛇をテーブルの上で仕留めた跡……。 「じゃあここは、俺たちの家……?」 「そう。正確には、子供の頃に住んでた家だね。この傷、懐かしいだろう?」  そう言って兄は、テーブルの傷を撫でた。 「透ノ国って、その人の思い出とか心の中とかが透けて見えるのかな。自分の黒歴史がどんどん暴かれそうで、ちょっと嫌な感じ」 「黒歴史なんて……。そんなこと言ったら、俺の方がずっと恥ずかしいことしてるよ。子供の頃から兄上に迷惑ばかり……」 「お前は弟だからいいんだよ」 「そんなわけないだろ。いくら善悪の判断がつかない赤子でも、作ってくれた食事をひっくり返していいわけがない」

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