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第658話

 ――そんな……。  ショックのあまり、膝から力が抜けそうになる。  兄もいなくなってしまった。ピピもいない。自分一人になってしまった。  どうしよう、どうしよう。ここで待っていたら二人共戻ってくるだろうか。それとも捜しに行くべきだろうか。でも一人でウロウロして、また罠にかかってしまったら……。 「っ……」  扉の向こうから風が吹いてきた。アクセルの頬を強く叩き、次いでヒュッ……と吸い込むように風が流れていく。  ――一人で進めって言ってるのか……?  アクセルはぐっ……と奥歯を噛みしめた。  この先に進んだらどうなる? この先はどんな世界なのだ? わからない。知らない場所を一人で進むことほど、愚かしいことはない。アクセルの場合、気をつけているつもりでも、いつの間にかピンチに陥っていることはよくある。そうなったら、今度こそ助けてくれる人はいない。  だけど……。 「……よし」  一時間だけここで待ってみよう。それで二人が戻って来なかったら先に進もう。  そう決めて、アクセルは待っている間に自分のできることをしようと考えた。  まず台所に行って、床下の食糧貯蔵庫に何か入っていないか確かめた。ヴァルハラから逃げて来てからずっと、まともな食事にありつけていない。先に進むにしても、腹ごしらえをしないことには何もできない。  ――すごい、何でもある……。  空っぽかもしれないと覚悟していた分、これは嬉しい驚きだった。これなら兄の分はもちろん、ピピの食事もたっぷり作ることができる。  もっとも、こんなところに食料がいっぱいあること自体、罠のような気もするが……。  ――でも、透ノ国に来たのに今更食べ物で罠にかけるっていうのもな……。  そんな地味なことをするくらいなら、幻を見せるなり怪物に襲わせるなりした方が手っ取り早い。  罠の可能性は低いと判断し、アクセルはいくつか食料を選んで勝手に料理することにした。

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