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第666話

 ――でもこの人、全然痛がってないような……?  斬った瞬間は血が飛んだものの、今はそれ以上出血していないように見える。服の血もほとんど広がっていない。  もしかして、既に傷が塞がってしまったのか。ここは透ノ国だから、そういう人が出てきてもおかしくはない。  もっとも、敵だった場合はどうやって倒せばいいかわからないけど……。  アクセルは念のためにもう一度聞いた。 「あの、本当に大丈夫か……? 手当てする必要は……」 「ないわよ、しつこいわね。そんななまくら刀で私を傷つけられるはずないでしょ」 「す、すみません……」  反射的に謝ってしまったが、大丈夫そうで安心した。  アクセルは改めて、石板を見つめている女性を眺めた。自分より頭一つ分背が低く、兄と同じ金髪が美しい。  ――ああ、そうか……。この人、どこかで見たことあると思ったら……。  この人は母にそっくりなのだ。兄を見捨て、アクセルのことも放置した母と同じ顔をしている。アクセル自身はほとんど顔を覚えていないけれど、兄の子供時代を盗み見た時に出てきた女性がこの顔だった。  それに気づいたら、複雑な気持ちが芽生えてきた。  もちろん、目の前の女性は母親とは別人だ。別人どころか、幻である可能性の方が高い。だけど、同じ顔の人物は母親を彷彿とさせるので、いい気分にはならなかった。母親ではないとわかっているのに、八つ当たりしてしまいそうだ。あんたが兄上を捨てたせいで、兄上はものすごい苦労したんだぞ……と。  アクセルは小さく溜息をつき、その女性に尋ねた。 「あの……それで、あなたはここで何を? その石板は一体何なんだ?」 「それはこっちの台詞よ。あんたこそ、招いた覚えもないのに勝手に歩き回って迷惑だわ。ここで何してるのよ」 「俺は……ラグナロクを終わらせるために、石碑を探していて」 「その石碑を探してどうするの?」 「どうって……破壊すれば滅びの予言が覆るから、ラグナロクも終わるって聞いたんだ」 「……そう」  女性はわずかに視線を落とした。その横顔がやたらと悲しげに見えた。

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