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第668話

 ――兄上を捨てたくせに……。  こんなところで母親の顔なんて見るものじゃないなと思う。恨み言しか出てこない。  兄に必要以上の苦労を背負わせ、愛情を注ぐこともなく、勝手に出て行ってしまった母。どんな事情があろうと、それだけは決して許せない。  目の前の女性は全然関係ない別人だろうから我慢しているものの、ずっと母親の顔でいられたらブチ切れてしまいそうだ。八つ当たりする前に、さっさと顔を変えて欲しい。 「……随分賢くなったのね。あっさり罠にかかるかと思ったのに」  更に開き直るような発言をしてくる女性。  アクセルは反射的に身構えた。ということは、最初からこちらを罠にかける気満々だったんじゃないか。やはり油断ならない。  女性は鼻を鳴らして、続けた。 「生憎、私は誰かに化けるのは得意じゃないの。この顔は生まれつきだから諦めて」 「はっ……?」 「何? 人の顔に文句があるの?」 「いや、そういうわけじゃないが……」  顔を変えられないなら仕方ない……が、こちらの気持ちとしては穏やかでない。せめて性格にもう少し可愛げがあれば……とも思ったが、初対面からどことなく喧嘩腰な言動をとってくるから、心を掻き乱されるのは覚悟しておいた方がよさそうだ。 「というかあんた、相手の素性を知りたいならまず自分から名乗るのが礼儀じゃないの? お兄ちゃんにそう教わらなかったわけ?」 「……あ……ああ、そうだな……」  普通に「名を名乗れ」と言えばいいものを……いちいち癇に障る女性だ。  兄上が側にいたら、このイライラも止めてくれただろうにな……なんて思いつつ、アクセルは短く名乗った。 「アクセルだ。……あなたは?」 「透ノ国に住んでいて、かつ石碑の前に現れたんだから、答えはひとつしかないでしょ。予言の巫女よ」 「……。……そうか」 「あら、全然驚かないのね」 「何となくそんな気がしていたからな……。もっとも、幻を見ている最中に遭遇するとは思わなかったが」

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