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第678話
透ノ兵とはそういう存在なのか。自分は確実にここにいるのに、相手に全く気付いてもらえない。姿も見えず、声も聞こえず、触れ合うこともできないまま、もどかしい思いを抱き続けなければならない。
ずっと一緒だって約束したのに……せっかくヴァルハラで一緒になれたのに……こんなところで永遠に離れ離れだなんて……。
巫女が更にそそのかしてくる。
「そんなことになるくらいなら、兄弟仲良く消えちゃった方がよくない? それならもどかしい思いをする必要もなくなるし、最期まで一緒にいられるんだからお互い幸せよね」
「…………」
「あんた、ヤドリギ持ってるんでしょ? それ使って二人で一緒に石碑破壊しなさいよ。それが一番幸せな結末だわ」
「っ……どこまでゲスなことをすれば……!」
兄が再び抜刀しかけたが、すんでのところでアクセルは止めた。
「待ってくれ兄上」
「アクセル……!? 何で止めるんだ」
「巫女を斬ってもしょうがない。時間がないからよく聞いてくれ」
アクセルは素早く唇を動かして、兄の耳元で何か言った。それを聞いた兄は、ハッとしたように目を見開いた。青い瞳が複雑な感情で揺れている。
「……お前、本当にそれでいいの?」
「ああ。俺は兄上を信じている」
「……参ったな。そんな全力で信頼されたら、『できない』なんて言えないじゃないか」
「俺の兄上にできないことなんてないだろ?」
兄はいつだってアクセルより優れている。アクセルにはできないことでも兄ならできる。だから、後のことは全部兄に任せよう。そうすればきっと大丈夫だ。
「何を話しているのか知らないけど、どうするの? さっさとやらないとあんただけ消えちゃうわよ」
巫女が急かすように腰に手を当てる。
自分たちの最大の不幸は、こんな巫女を母に持ったことだ。自分の都合だけで息子たちを利用し、そのことを欠片も悪いと思っていない身勝手な女性――そんな人から生まれてきてしまったことだ。
だから……。
「……ああ、そうだな」
アクセルはぼやけた手でヤドリギを取り出した。そして丈夫な蔓を伸ばし、その蔓を自分と巫女の腕に絡ませた。
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