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第680話
「アクセル……」
振り返ろうとしたら、兄に正面から抱き締められた。消えかけているのに、当たり前のように兄の温もりを感じた。そのことがたまらなく嬉しかった。最期まで大好きな兄の温もりを感じていられるなんて、自分は本当に幸せ者だ……。
「やっぱり嫌だよ……。一時的でもお前のこと忘れちゃうなんて……お前がいない生活を送るなんて……」
兄の声が割れている。心なし身体も震えているようだった。
「兄上……」
アクセルも懸命に兄を抱き締めた。本当は透けてしまって兄の身体に触れられなかったのだが、慣れ親しんだ兄の形に合わせてどうにか抱擁の体(てい)をとった。
「大丈夫だ。兄上のことだから、すぐに俺を思い出せる。そしたらどんな手を使ってでも、俺を取り戻してくれる。そうだろ?」
アクセルは兄を信じている。だから自分が消えることになっても、恐怖そのものはあまり感じなかった。巫女と違って自分には、愛してくれる兄がいるのだ。兄を信じて待っていれば、すぐにまた会えるはずだ。
「まったくもう……」
兄は苦笑しながら顔を上げた。その目が少し濡れていた。自分もつられて泣きそうになったので、どうにか涙を引っ込めた。消える瞬間くらい笑顔でいたいではないか。
兄が輪郭を撫でながら言う。
「いつまで経っても手のかかる弟で困っちゃうよ……。ヴァルハラに帰ったらいっぱいお仕置きしてやるからね……」
「ああ、喜んで。ピピにもいい子で待ってるよう伝えてくれ……」
いよいよ視界が霞んできた。徐々に色がなくなり、輪郭も溶けていく。
兄の温もりも感じ取れなくなって、アクセルは最期の声を絞り出した。
「愛してるよ、兄上……だから今は、少しだけ、さよなら……」
「うん、うん……少しだけ……。必ず迎えに行くから、待っててね……」
アクセルは笑った。それが兄に届いたか、もう確認することはできなかった。
やがて目に映る全てが溶け、意識も白く消えていき、そして――
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