689 / 2013

第689話(フレイン視点)

「これ、普通に叩いたら出て来てくれるかな」  正面扉の前に立ち、周りの様子を窺う。呼び鈴等のものはなく、扉を直接ノックして訪問を知らせるタイプになっていた。  これではお客様の訪問に気付かなさそうだが……。  ――いや、本来は予告してから訪ねるものなのか。  予告しておけば、屋敷の主が迎えに出て来てくれたり、扉を開けておいてくれたりする。それ以外は招かれざる客なので、バルドルに面会する権利はないわけだ。  やっぱり多少手間でも面会の手紙くらい出しておくべきだったか……と思っていると、ミューが今更ながらこんなことを言い出した。 「ところでここ、誰が住んでるの?」 「バルドル様だよ……ってきみ、知らずについて来たのかい?」 「うん、なんか楽しそうだったから」  にぃーっと屈託なく笑うミュー。戦力としては心強いが、時々「大丈夫かな」と思うこともないではない。  フレインは苦笑しながら、言った。 「……まあいいや。とりあえず何回か叩いてみよう。誰かが気付いて出て来てくれるかもしれない」 「叩くの? それならもっといい方法があるよ」 「えっ……?」  嫌な予感がすると思うやいなや、ミューは背中に担いでいる首切り鎌を掴んで思いっきり振り払った。分厚い木製の扉は鎌にスパッと両断された後、付属している鎖分銅が当たって木っ端微塵に砕け散った。  ――うわぁ……さすがにこれはマズいんじゃないの……?  あくまで高名な神のお屋敷だというのに、ミューは一切躊躇わなかった。この自由奔放で恐れ知らずな振る舞いは、彼の強さに裏打ちされたものかもしれないが……訪問の是非も伺わず、強引に押し掛けた上に扉も破壊したとなっては、心証が悪すぎやしないか。  ミューを連れてきたのは失敗だったかもしれない……と思っていると、 「何者だ!?」  騒ぎを聞きつけたのか、屋敷の人が出てきた。それはバルドルではなく、別の神だった。

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