698 / 2013

第698話(フレイン視点)

「覚悟があるならオーディンに会うといい」 「覚悟を決めて、会うといい」 「わかった、行ってくるよ」  フレインは迷わず先に進んだ。  ――覚悟なんて、今更問われるまでもない。  アクセルは大事な弟だ。何があっても失えない、自分の一部のようなものだ。弟を取り戻すためなら、自分は何でもする。そう、何でもだ。 「失礼いたします」  扉から少し進んだところに、一段高くなっている玉座のような場所があった。そこに、つばの広い帽子を被った老人が、頬杖をつきながら深く腰掛けていた。  アースガルズの最高神・オーディンだった。それを認識した瞬間、ぶるりと全身に鳥肌が立った。  ――こんなに近くで見たのは初めてかもしれない……。  ヴァルハラでは年に一回、戦士(エインヘリヤル)の選別をする破魂の儀式がある。その時に遠目に見かけたことはあった。遠目でもその迫力とオーラに圧倒され、緊張で手先が鈍くなるくらいだった。対話なんてまともにできないだろうなと思ったものだ。  それが……今は数メートル先にオーディンがいる。その気になれば一足飛びで斬りかかれる位置にいる。  いや、実際に斬りかかることはないが……近くにいる分、今までよりハッキリと風貌を認識できるのは事実だった。  帽子を左に傾けて左目を隠しているが、帽子を透かして左目がギラリと光っているように見える。灰色の髭をたくわえ、口髭と顎髭のせいで顔の下半分の輪郭が曖昧になっていた。  これだけでも十分老獪なイメージを抱くが、玉座に頬杖をついているとより一層近寄りがたい雰囲気が漂ってくる。  最高神にふさわしい姿であることは間違いないが……親しみやすいイメージの息子・バルドルとは全然違った。  フレインは様子を窺いつつ床に片膝をつき、頭を下げて挨拶した。 「……ヴァルハラから参りました。眷属(エインヘリヤル)のフレインです」 「バルドルから話は聞いておる」  オーディンが始めて口を開いた。声にも自信と迫力が漲っていた。

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