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第720話
「あ、それなら俺が……」
そう言ってキッチンに戻り、食器の類いを用意しようとしたのだが……。
――わ、わからない……。
どこに何があるのかさっぱりわからない。どれを使っていいかも不明である。
こういうところでも、記憶がない不便さを如実に思い知らされてしまった。これでは手伝うどころか、フレインに迷惑をかけっぱなしではないか。
「いいよ、私が持って行くからお前は座ってて」
「……すみません」
「やだな、何で謝るんだい? お前は何も悪いことしてないじゃない」
「…………」
「さ、早くピピちゃんのところに戻ろう。きっとお腹空かせて待ってるよ」
言われて、俺はフレインと一緒に庭に戻った。
ピピは俺たちが帰ってくるまで、野菜スープの横でおとなしく待っていてくれた。食べ物を前に「待て」ができるなんて賢いうさぎだ。
「じゃあいただこうか。好きなだけ食べていいからね」
と、フレインがミルク粥を皿に盛ってくれる。ミルクの甘い香りとチーズの香ばしさが漂ってきて、何故か気分がホッとした。
「いただきます……」
そっと一口味わってみる。すると、程よい塩気とまろやかな味が舌の上に広がった。覚えていないはずなのに、とても懐かしい味がする。少し涙が出そうになった。
「ああ、美味しいね。やっぱり一人で食事するより、お前と一緒の方が何倍も美味しいな」
「…………」
「お前も、遠慮せずにどんどん食べなさい。お腹空いてるだろう?」
俺は一度スプーンを置いて、視線を落とした。
何だか申し訳なくてたまらない。フレインは何かと俺を気遣って優しくしてくれるのに、そんな俺は彼のことを何一つ覚えていない。兄だというなら大切な人には違いないだろうに、そんな人すら思い出せない自分に嫌気が差す。
いっそ突き放された方が楽なんじゃないか。そんなことすら考えてしまう。
「あの……フレインさん、俺……」
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