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第743話

 ゆっくりめに庭を周回していたら、ピピも後ろからついてきた。  アクセルはひたすら走りながらピピに言った。 「今日はフレインさんと買い物に行くんだ。食材も買い足す予定だから、ピピの好きな野菜をいっぱい買ってくるよ」 「ぴー」 「それと、昨日フレインさんに『木彫りやってみたら?』って言われたんだ。時間がある時はモデルになってくれ」 「ぴーぴー♪」 「まあ、それより先に体力や戦闘技術を戻さないといけないんだけどな……。二日後に死合いがあるから、それまでにはある程度調整しておかないと」  無様な戦いはしたくない。自分はいいが、フレインの顔に泥を塗ってしまう。もっともフレインは「そんなこと気にしなくていいよ」と言ってくれそうだが、彼をがっかりさせるのは純粋に嫌だ。  ――あの人にはもう、悲しんで欲しくない……。  細かいことは覚えていない。フレインが自分の兄だという自覚もない。  だけどそれでも、彼にこれ以上悲しい思いをさせちゃいけないと思った。昨日同じ鍋を食べてわかったが、あの鍋にはフレインの複雑な悲しみが溶け込んでいた。食材は美味しかったのに、味はひどく不味かった。あれはよろしくない。  フレインの複雑な悲しみが何なのか、アクセルにはまだハッキリわからない。弟の記憶がないのももちろんあるだろうが、それだけではない。  だからとりあえず、自分のできることからやっていこうと思った。特別なことはできなくても、フレインの側にいることはできる。フレインの側で、彼の悲しみを癒す手伝いくらいはできる。  それに……。 「アクセル!」  庭を走っていたら、フレインが血相を変えてベランダから飛び出してきた。寝巻姿のままで、綺麗な金髪もぐしゃぐしゃに縺れている。起きてすぐに外に出てきた感じだ。

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