802 / 2205
第802話
――余計なことは考えるな……。滝に打たれることだけに集中しろ……。
そう自分に言い聞かせ、滝の下に歩を進める。
ケイジの隣に並んでいよいよ滝修行を始めた瞬間、冷たさとは別の過酷さに気付いた。
「っ……!」
何だこれは。水が重い。石みたいだ。少しでも気を抜いたら首が折れる。
アクセルは咄嗟に全身に力を入れ、水に負けないよう踏ん張った。水は高いところからドドド……と絶え間なく落ちてきて、こちらの全身を叩いてくる。
――基礎訓練で死ぬヤツがいるって話、嘘じゃないな……。
水に入るだけでも凍死しそうなくらい辛いのに、その水が容赦なくこちらを殴りつけてくるのだ。半端な覚悟では本当に死ぬ。
基礎訓練だというのに何故こんな無茶苦茶な修行をしているのか、正直意味がわからなかった。死んでも復活できるヴァルハラだからこんな過酷な修行をしているんだろうけど、それにしたって限度というものがあると思う。
基礎訓練の初歩でこんな感じだったら、もっと先の訓練になったら死者が続出するのではなかろうか。
――でも、これを乗り越えれば一段階上の強さが手に入る……。
そう考え直し、アクセルはじっと目を閉じて滝に打たれた。
水の寒さとは少し違うが、以前も凍てつくような寒さを感じたことがある。あれはヴァルハラではなく、そこから遠く離れた暗い荒野だった。確か底の見えない深い渓谷があって、ボロボロの橋の先に凍り付いた監視塔があったと思う。
その中も冷凍庫のように寒くて、少し入っただけで鼻先が凍りそうになったものだ。
でも何でそんなところに入ったんだっけ……。
――あまり思い出せないな。無理して思い出す必要もないってことか……。
大事なことなら自然と思い出せる。抜けている記憶はまだありそうだが、兄との思い出は順調に取り戻してきているから、それでいいのだ。
それより今は、戦いの感覚を思い出すことに専念しよう。
ともだちにシェアしよう!