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第822話
ミューは水際に担いでいた丸太をドサッと置き、ニィッと笑った。
「話してるとあっと言う間だねー。もっと打たれていればよかったかなー」
「……!」
「ま、今夜は宴があるからあまり無理できないけど。でも、久々に滝に打たれて楽しかったー。また誘ってね」
はい、と懐から飴を取り出し、こちらに渡してくるミュー。滝に打たれていたせいで、包み紙からびしょびしょになっていた。
「あ、それと早く服着た方がいいよー。風邪ひいちゃうよー」
「えっ? ……って寒っ!」
冷たい水で全身が濡れ、その上風に吹かれてみるみる体温を奪われる。急いで服を着たものの、その程度で寒さをしのげるわけもなく身体の震えが止まらなかった。奥歯もカチカチ鳴っている。
――だめだ……集中力を切らすと途端に寒く……。
これはもう、別のことで気を紛らわせるしかない。家に帰り着くまでの辛抱だ。
アクセルは青い唇を震わせて、言った。
「ミ、ミュー……何でもいいから、家に帰るまでお話しないか……?」
「何でもいいの? そう言われると逆に話題がないなー」
「いや、ホントに何でも……。思い出話でも何でも……」
「思い出かー……」
頭を捻りつつ、ミューは市街地に向かって歩き始めた。アクセルも早足でそれに続いた。普通に歩いて行けば、十分くらいで家に着くはず。
「思い出ってほどじゃないけど、僕がランキング一位になったのって意外と最近なんだよね。フレインがヴァルハラに来て、みんなで改革頑張って、新しいランキング制度ができてからだからさー。十年くらいしか経ってないんじゃないかなー」
「十年……? ええと、それは長いのか? 短いのか?」
「短いと思うよー。エインヘリヤルって基本的に寿命がないから、一〇〇年、二〇〇年の戦士も普通にいるし。そういう意味では、こっちに来て一〇年も経ってない戦士なんて、ひよこちゃんみたいなもんだよねー」
「ひよこちゃん……」
脳内で孵化したばかりのひよこが、ぴよぴよと鳴いている光景が思い浮かんだ。
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