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第840話
「でも、お前はちゃんとヴァルハラに来てくれたから安心した。おかげで死んでからも楽しい毎日を送れているよ。ありがとう」
「いや、そんな……。俺は兄上のように強くないし、たまたまヴァルハラに来られただけで」
「そんなに過小評価しなくても、お前がオーディン様に選ばれたのは事実だ。だから死んでからも私の隣にいられるんだよ」
そう言って、兄はスーッとこちらに泳いできた。千切れていた片腕も、だいぶ回復してきている。
「可愛いアクセル、愛してるよ。これからもずっと側にいてね」
「……ああ。こんな俺でよければ、ずっとあなたの側にいさせてくれ」
アクセルは片腕で兄を抱き締めた。兄は両腕でぎゅーっと抱擁を返してくれた。
しばらく抱き締め合った後、兄が当たり前のように顔に手を添えてくる。そしてごく自然に唇を啄んできた。
「ん……」
雰囲気に呑まれ、うっとりと兄に身を委ねようとした時、
「おい、まーた人目もはばからずイチャイチャしてるのか」
「呆れましたねぇ……。ラブラブなのは結構ですが、せめて見えないところでやって欲しいものです」
ジークとユーベルの声が聞こえて、アクセルはハッと我に返った。
岩陰にいた二人は、ズタボロになった衣装を脱ぎ捨てて泉に入ってくる。脱いだ衣装はユーベルの付き人らしき戦士が回収し、代わりに新しい衣装とタオルを置いていた。
「お前さん達、怪我が治ったなら早く出てくれ。この後、まだまだ入らなきゃならないヤツらがたくさんいるんだ」
「おや、そんなにたくさん生き残ってたの? ほとんど棺行きかと思ってたよ」
「いえ、ほとんど棺行きなのですが、あまりに多すぎて今満員状態なんですよ。それで損傷の少ない者は泉でしばらく回復させて、空いたら順次棺に入れることになったんです」
「ええ? じゃあ、これから泉に腕なし死体とかがジャンジャン放り込まれるってこと?」
「そういうこったな。そんなのと一緒に入りたくなかったら、さっさと家に帰ることだ」
……確かに、死体と一緒に水浴びはしたくない。
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