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第843話
ジークが事もなげに言う。
「ま、あの顔と身体だからな。誘えば大抵の男はついてくるさ。誘われることも多かったみたいだけどな」
「わたくしも何度か声をかけられましたよ。興味がないので断りましたが」
「お前さん、よく断れたな。俺は『どうしても』って縋りつかれると弱くてさ」
「そこは性格の差でしょう。あなたは無駄に面倒見がいいですから、それを利用されたのではないですか」
二人の会話を聞きながら、アクセルはめまいがしそうになった。確かに兄はちょっと奔放なところがあるし、かつてはそういう――他の人とも関係を持つこともあったんだろうなと思ってはいたけれど、実際に話を聞くとやはりショックの方が大きい。
――まあ、今浮気してないなら大目に見るしかないけど……。
というか、昔のことだから今更どうすることもできない。自分がいなかった間のことだし、それはそれとして割り切るしかない。
とはいえ、モヤモヤすることには変わりないが……。
「あの、すみません……。俺は全快したみたいなのでこの辺で……」
足の感覚が戻ってきたので、ここぞとばかりにアクセルは泉から出た。これ以上二人の話を聞いていたら、精神衛生上よろしくない。
「ユーベル様、ジーク様、今夜はお世話になりました。いつか手合わせをする機会があったら、その時はよろしくお願いします」
そう言ってアクセルは泉から離れた。途中、泉に向かっていく遺体処理班とすれ違った。死体が積み上げられた台車を横目で見たら、何だかげっそりした。いくら死体でも、こんな風に扱われたくはないものだ。
早足で道を歩き、家に帰りつく。
「おかえり、アクセル。ちょうどお風呂沸いたところだよ。夜食も用意したから、上がったら一緒に食べようね」
兄がにこやかに迎えてくれた。リビングのテーブルを見たら、ちゃんとサンドイッチが置いてあった。なかなか気が利いている。
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