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第844話

「兄上、あの……」 「うん? 何だい?」 「…………」  今は浮気してないよな、と聞こうとしてやめた。そんなこと聞いてどうするのか。過去に嫉妬しても時間の無駄だし、兄なら「してない」と答えるに決まっている。  もちろん複雑な気持ちは変わらないけど、今更どうにもできないのだから昔のことはなるべく考えないで過ごすしかない。過去は過去、今は今だ。  どんなことをしていようと、兄が自分を愛してくれているのは、今も昔も変わらないのだから……。 「……いや、何でもない。風呂、沸かしておいてくれてありがとう。今から入ってくるよ」 「うん、ゆっくり入っておいで」  アクセルは脱衣所に向かい、全裸になって風呂に入った。  そう言えば、宴前に着ていた防刃チョッキという名の重り、ズタボロにされてしまったがどうしよう。買い直さないとダメだろうか。普段あまり使わないものだから、必要な時だけ調達に行けば十分だと思うけど……。 「はあ……」  湯舟に浸かり、顔を半分埋めてぶくぶくと空気を吐く。  悩みは尽きない。モヤることも多い。  とはいえ、今の自分の環境は決して悪いものではなかった。ユーベルやジークの話を聞いていると、むしろ自分はものすごく恵まれているのではないかと思えてくる。  仲がよくて、かつどちらもヴァルハラに来られた兄弟は非常に珍しいみたいだし、親戚同士で骨肉の争いを繰り広げているところに比べれば断然幸せである。  兄はあの通り自由奔放だから、こちらからすると理解に苦しむところもあるものの、あれがなくなったら兄ではないような気もするし。  ――イカンな……。余計なことをいつまでもウジウジ考えるのは、俺の悪い癖だ。  どうしたら上手く考えをリセットできるかな……などと悩みつつ、アクセルは軽く全身を洗った。  お湯を抜き、身体を拭いてリビングに戻る。  兄はちょうど温めたミルクをカップに注いでいるところだった。

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