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第850話

「もういいんだ。この話はやめよう。明日になれば気持ちも切り替えられていると思うから……今はなるべく、気を紛らわせていたいんだ」 「…………」 「……それくらいいいだろ、兄上」 「そっか……わかったよ」  これ以降、兄は何も言わずにいつも通り振る舞ってくれた。  アクセルもなるべくいつもと同じことをして気を紛らわせようとしたが、庭で鍛錬すると空っぽになったうさぎ小屋が目につくし、食事を用意するといつもの習慣でピピの野菜スープを作ろうしてしまう。  それでいかにピピが間近な存在だったか思い知り、寂しさに胸が痛くなってつい泣きそうになった。  ――ああもう……何してるんだ、俺は……。  ピピのためにあえて離れたのに、なんて女々しいんだ。未練タラタラの元カノみたいだ。まったく、いい大人が情けない……。 「ぴー」  外からピピの鳴き声が聞こえた気がして、アクセルは庭に目を向けた。  山から帰って随分時間が経ったので、もう外は夜である。誰かが庭にいるはずもない。  ――ヤバい……幻聴まで聞こえるようになってしまった……。  いよいよ重症だ、早く寝て頭を切り替えなければ……と、急いで寝る準備をしようとしたら、今度はもっと大きく「ぴー!」と鳴き声が聞こえた。  あれ? と思っていると、兄がぽんぽんと背中を叩いてきた。 「これピピちゃんの鳴き声でしょ。帰って来てくれたんじゃない?」 「えっ……?」 「ほら、ちゃんと出迎えてあげなくちゃ」  言われて、アクセルは庭に飛び出した。明るい室内から急に暗い庭に出たので、真っ暗で何も見えなかった。  念のために呼びかけてみようとした途端、横から柔らかくて大きなものに突進された。 「ぴー!」 「どわ!」  受け身も取り損ない、思いっきり地面に転倒してしまう。  突然の攻撃に戸惑っていたら、大きなうさぎが前足でペシペシこちらを叩いてきた。少し怒っているようだった。 「ぴー!」

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