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第860話
「その、ミーミルの泉でホズ様を見かけたのか?」
うんうん、と頷くピピ。
「ホズ、おみずのんでた。そしたらつよくなった。でもかわりに、めがみえなくなった」
「そうか……」
「ホズ、ないてた。あにうえのかおがみえなくなったって」
「……だろうな。いくら強くなっても、視力と引き換えじゃ……」
ホズは兄・バルドルを愛していた。頻繁に会える状況ではなかったとしても、屋敷に遊びに行った時はめいっぱい楽しんでいた。表向きは冷静を装っていたが、バルドルと一緒にいられるのが嬉しくて仕方がないという気持ちが滲み出ていた。
そんな人が、急に視力を失ったら嘆き悲しむに違いない。生活に影響はなくても、愛する兄の姿が見えなくなったとあっては……。
――俺だったら、絶対号泣するな……。
そして、どうにかして視力を取り戻す方法を探そうとするに違いない。
「今はどうなんだろう。ラグナロクが終わった今は、ホズ様の視力は回復してるんだろうか……」
「ぴ……」
「ま、直接会って確かめればいいか。ホズ様も絶対食事会にいるしな」
「ぴー」
「よし。ホズ様に馬鹿にされないように、来週の半ばまで修行頑張ろう。ピピ、走り込み付き合ってくれ」
「ぴー♪」
アクセルは小太刀を置き、庭でランニングすることにした。ピピも喜び勇んでついてきてくれた。
そんな感じで、来週の食事会を楽しみに修行に勤しんでいたのだが……。
***
「……げ。死合いとかぶってる……」
今週の始めに発表された一ヶ月のスケジュールを確認して、アクセルは目を見開いた。何度も確認したけれどスケジュールに間違いはなく、バルドルとの食事会の日に朝っぱらから死合いが入っていた。
これにはさすがに落胆した。
「ああ……せっかくバルドル様のところに行けると思ったのに」
死合いは戦士の重要な仕事だ。サボるわけにはいかないし、ランクも下がってしまう。
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