903 / 2296
第903話
向かったのは先程までホズと話をしていた裏庭だ。相変わらず人はほとんどいない。
「何だい? わざわざ外に出てきて……って、うわっ!」
紙一重で拳を避けられ、さすがの反応速度にちょっと感心した。普段おっとりしているように見えても、そこはランキング三位の強者だけある。
「避けられたか。じゃあもう一回……」
「ちょっと待ちなさい! いきなり何なんだ!? 酔ってるの!?」
「いや、素面だ。兄上に浮気されたから、一発殴らせていただこうと思って」
「ええ? 殴らせていただくって何? というか、私は浮気なんてしてないって言ってるじゃないか」
「そうだけど、俺の気持ちが収まらないから一発殴らせてくれ。それでこの件はおしまいにする」
「殴らせてくれって言われて、『はいそうですか』と承諾する人なんていないって。いいからちょっと落ち着きなさい」
「あなたを殴ったら落ち着くんで、とりあえず大人しく殴られて欲しい」
シュッ、シュッ、と拳を繰り出してみたが、なかなか兄には当たらない。一発殴るだけなんだから、いちいち避けないで早く殴られてくれないだろうか。時間がかかってしょうがない。
こんなことなら不意打ちを狙った方がよかったかな……などと思いつつ、アクセルは横から拳を振り抜いた。
案の定、それも避けられてしまったが、兄の足元にちょうど大きめの石が転がっていて、
「わっ!」
それに引っ掛かり、兄がバランスを崩した。
その隙を狙い、アクセルは左拳を兄の頬に叩き込んだ。
「っ……!」
バキッという音がして、確実な手応えを感じた。
兄はよろよろと後退し、赤くなった右頬を押さえた。
「……で、気は済んだ?」
「ああ、もう大丈夫だ」
「……そうかい。ならよかったよ」
完全に呆れつつ、深々と溜息をつく。
いまいち納得できていなさそうな顔だったけど、こちらの気は済んだので浮気のことは水に流すことにしよう。
ともだちにシェアしよう!

