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第903話

 向かったのは先程までホズと話をしていた裏庭だ。相変わらず人はほとんどいない。 「何だい? わざわざ外に出てきて……って、うわっ!」  紙一重で拳を避けられ、さすがの反応速度にちょっと感心した。普段おっとりしているように見えても、そこはランキング三位の強者だけある。 「避けられたか。じゃあもう一回……」 「ちょっと待ちなさい! いきなり何なんだ!? 酔ってるの!?」 「いや、素面だ。兄上に浮気されたから、一発殴らせていただこうと思って」 「ええ? 殴らせていただくって何? というか、私は浮気なんてしてないって言ってるじゃないか」 「そうだけど、俺の気持ちが収まらないから一発殴らせてくれ。それでこの件はおしまいにする」 「殴らせてくれって言われて、『はいそうですか』と承諾する人なんていないって。いいからちょっと落ち着きなさい」 「あなたを殴ったら落ち着くんで、とりあえず大人しく殴られて欲しい」  シュッ、シュッ、と拳を繰り出してみたが、なかなか兄には当たらない。一発殴るだけなんだから、いちいち避けないで早く殴られてくれないだろうか。時間がかかってしょうがない。  こんなことなら不意打ちを狙った方がよかったかな……などと思いつつ、アクセルは横から拳を振り抜いた。  案の定、それも避けられてしまったが、兄の足元にちょうど大きめの石が転がっていて、 「わっ!」  それに引っ掛かり、兄がバランスを崩した。  その隙を狙い、アクセルは左拳を兄の頬に叩き込んだ。 「っ……!」  バキッという音がして、確実な手応えを感じた。  兄はよろよろと後退し、赤くなった右頬を押さえた。 「……で、気は済んだ?」 「ああ、もう大丈夫だ」 「……そうかい。ならよかったよ」  完全に呆れつつ、深々と溜息をつく。  いまいち納得できていなさそうな顔だったけど、こちらの気は済んだので浮気のことは水に流すことにしよう。

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