1010 / 2012

第1010話(フレイン視点)

 熟睡した弟を横目に、フレインは軽い溜息をついた。  ――健康診断、なんてねぇ……。  ヴァルハラに健康診断などない。もし怪我や病気になったとしても、一度死んで棺に入れば全てチャラになるからだ。それに、戦うことが仕事であるオーディンの眷属(エインヘリヤル)は、そもそもメタボになんかならない。ちょっと食べすぎたくらいで体型が変わるような人は、最初から眷属(エインヘリヤル)の素質がないと思う。  もっとも、広義的な「診断」という意味では嘘はついていないのだけれど……。  ――獣化(じゅうか)の兆候だったら、嫌だなぁ……。  先程、宴会場でばったりジークと会った時、こっそり相談してみたのだ。  旺盛な食欲、尽きない性欲。時々訪れる猛烈な眠気。この欲求まみれの身体は、もしかしたら「獣化」の前触れかもしれない……と。 「ああ……それはかなり怪しいな。ヤバいことになる前に、一度判定してもらった方がいいかもしれんぞ。初期の段階で治せば、手遅れにはならないだろうし」  獣化とは、文字通り「理性を失って獣のようになってしまう現象」である。死合いや狩り等で本性を剥き出しにして戦い、宴で飲んだり騒いだりを繰り返し、所かまわず発散する生活を送っていると、徐々に人間らしさが薄れてきてしまうのだ。欲求の赴くまま食べて寝て発散して……というのは、理性のない獣のすることなのだ。  完全に獣化するともう人間には戻れず、「眷属(エインヘリヤル)失格の烙印」を押されてしまう。そうなると待っているのは「破魂(はこん)」のみであり、神器で魂を砕かれて存在を抹消させられるのだ。  かくいうジークも、かつて「獣化」の一歩手前までいってしまって、かなり危なかった時期があった。判定を受けた後然るべき場所に隔離されて、しっかり理性を取り戻してきたからよかったものの、それには結構な時間がかかったように思う。一ヶ月、二ヶ月程度の話ではなかった。  それを思うと、診断される前から少々憂鬱になってくる。

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