1032 / 2012

第1032話

「まずは泉に行こう。怪我をしたままじゃ、いざって時に何もできないからな」 「…………」 「さ、背中に乗ってくれ」  アクセルは兄の右腕を肩に引っ掛け、ひょいと背中におぶった。  自分と体格はさほど変わらないのに、妙に軽く感じた。片腕がなくなったからだろうか、自分の足腰が強くなったからだろうか、それとも……。 「……ひとりであルけるよ」 「いいんだ。片腕だとバランス取りづらいだろ?」 「…………」 「なるべく早く行くから、ちょっとおとなしくしててくれ」  そう言って、ベランダから外に出て早足で泉に向かう。兄の腕からは未だに血が滴っており、自分の服も血でべっとり汚れてしまった。  まあ泉に入れば全部元通りになるよな……と思っていると、兄が耳元で小さく呟いてきた。 「……アクセル……」 「ん? どうした兄上?」 「……かっこわるイおにいちゃんで、ごめンね……」 「……!」  アクセルは少し目を丸くした。  自分の言動を理解していないのかと思いきや、自分が「兄」でアクセルが「弟」ということだけはしっかり認識しているみたいだ。  ――獣化しても、兄上はやっぱり「兄上」なんだな……。  あらゆる理性を取っ払っていき、食欲や睡眠などのシンプルな生存欲求しか残らなくなっても、最後の最後まで兄弟の絆は忘れない。  この人にとっては、食べたり眠ったりすることと同じくらい「弟」も大事な存在なのだ。 「そんな兄上も、大好きだよ」 「……ほんトに?」 「ああ。俺は生まれてからずっと、兄上一筋だ。あなたがどんな姿になっても、どんな格好を晒しても、俺はあなたを愛してるよ」 「……こんなわたシ、きらいにならなイの?」 「うん……まあ、さすがにちょっとびっくりはしたけどな。だからって、嫌いにはならないよ。獣化の症状なら、兄上が悪いわけじゃないし」 「…………」 「それより、腕は痛くないか? もう少しだから頑張ってくれ」  背中の兄を揺すらないように、なるべく早く足を動かす。

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