1033 / 2012

第1033話

 走ろうと思えば走れるが、それだと兄に振動が伝わってしまう。無駄な振動は傷に響くので、競歩の選手よろしくスタスタ歩いた。 「……アクセル」  すると、兄は片腕だけで首筋に抱きついてきて、ぽつりと囁いた。 「……だいすキだよ」 「ああ、俺もだ」  にこりと微笑み、アクセルは泉に急いだ。  泉に辿り着いたので、兄を背負ったままジャブジャブ奥まで入っていく。肩先まで水に浸かったところで、じっとその場に待機することにした。浮力が働いているせいか、背負っている兄が先程よりも更に軽く感じた。 「兄上、大丈夫か?」 「……うン……」 「よかった。腕が治ったら帰ってご飯作るからな。お腹空いてるだろうけど、もう少しだけ我慢しててくれ」 「…………」  そう言ったら、しばらくして後ろからぐすんと鼻を啜る音が聞こえてきた。  アクセルはあえて気付かないフリをしつつ、兄の腕が治るのを静かに待ち続けた。  手首辺りまで回復し、これならあと五分くらいで完治するな……と思い、そっと兄に声をかける。 「兄上、大丈夫か? もう少しだぞ」 「…………」 「……兄上?」  返事がないのを怪訝に思い、首を捻って背後を見た。  兄はこちらの背に凭れ、完全に眠ってしまっていた。  ――また寝てしまったか……。  食べて、寝て、また起きて食べて……の繰り返し。本当に、本能だけで生きている感じだ。  こんな生活続けていたら、あっという間に体重増えそうだな……などと余計なことを心配しつつ、もう少しだけ泉に浸かることにした。  そういえば、今頃ピピはどうしているだろう。無事に逃げられたのはいいけど、兄に襲われて怪我をしているはず。怪我をした状態で山に帰ったら、それこそ狼の餌食になってしまいそうだ。その前に家族と合流して、何とか傷を癒せていたらいいのだが……。  ――ごめんな、ピピ……。

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