1038 / 2012
第1038話
「兄上、大丈夫か? また眠気が襲ってきたのか?」
「う……ん……」
「いいよ、無理しなくて。今ベッドに連れて行ってやるから、後のことは……」
そう言った途端、兄は手探りで近くのフォークを掴み、大きく振りかぶって自分の手に突き刺そうとした。
さすがにぎょっとして、慌てて兄の腕を掴んで止める。
「ちょ、兄上ダメだ! また怪我してしまうぞ!」
「う……うう……」
「食べ物なら目の前にいっぱいあるだろ? もう腕を食べるのはやめてくれ!」
力ずくでフォークを取り上げ、一度食事テーブルから遠ざける。せっかく食事を用意したのに、何故また腕を切ろうとするのか。もう二度とあんなことさせたくないのに。
「とにかく一度落ち着こう! 今度は兄上の好物をいっぱい作っておくから、な?」
意識朦朧としている兄をずるずると引っ張り、寝室に連れて行く。掴めるものがなくなったせいか、暴れかけていたのが嘘のようにおとなしくなった。
そのまま兄を抱きかかえ、ベッドに寝かせる。きちんと布団をかけ、乱れた金髪を軽く整えながら、アクセルは言った。
「おやすみ、兄上。家のことは全部俺がやっておくから、心配いらないよ。今はゆっくり休んでくれ」
「……う……」
「起きたら、今度はちゃんと散歩に行こうな」
もっとも、この調子じゃ起きてもすぐに寝てしまいそうだけど……と、心の中で苦笑する。獣化というのは本当に厄介だ。まともな日常生活が送れない。
とりあえずテーブルを片付けてこよう……とその場を離れようとした時、兄に服の裾を軽く引っ張られた。
「? どうした兄上? 何か欲しいのか?」
「……イ、やだ……」
「えっ……?」
「……ねてばッかりなの、いヤだ……」
「……!」
「もっとおまエと、いろんなこト……したいよゥ……」
そう嘆き、力尽きたようにパタリと腕を落とす。とうとう眠気に勝てなくなったらしく、すやすやと穏やかな寝息を立て始めた。
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