1039 / 2012

第1039話

 アクセルは落ちた手を握りつつ、まじまじと兄を見つめた。  ――そうか……さっきのは自分の腕を食べるためじゃなく……。  ただ単に、自分に痛みを与えて目を覚まそうとしただけだ。大事な話を聞いている時に睡魔に襲われ、自分の腕をつねるのと同じ。  それだけ兄は、眠りたくなかったということだ。本能的な睡魔に襲われても、どうにかして起きようとしていたのだ。  ――確かに、今日の兄上はほとんど寝てばかりだもんな……。  食事を楽しむこともできないし、散歩に行くこともできないし、もちろん鍛錬や狩りやデートもお預けである。自分のやりたいことが何一つできなくて、さぞ歯がゆい思いをしていることだろう。 「兄上……」  反応のなくなった兄に、アクセルはそっと囁きかけた。 「早く獣化を治そうな。そしたら好きなこといっぱいできるから……。俺も、兄上といつも通りの生活ができるのを楽しみにしているよ」  額に軽く口づけ、静かに寝室を出る。  テーブルに食事が残っていたので、自分の分を平らげて残った分は次の食事に回すことにした。  散らかったところを再度掃除し、ようやく一息ついた頃にはもう夕方になっていた。  ――どうするかな……獣化の治療がどこで行われているか、いろいろ調べておきたいんだが……。  チラリと寝室を覗き込む。兄は未だにすやすや寝息を立てていて、起きてくる気配はなかった。その点は少し安心したが、自分がいない間に突然起き出してくるとも限らない。  誰かが訪ねてきてくれたら、その人に頼んで図書館で「獣化に関する本」でも探してきてもらうんだが……。 「おおーい! アクセル、いるかー?」 「……えっ?」  何故かベランダから声をかけられ、アクセルはそちらを振り返った。  アロイスが空っぽの鍋を抱えながら、ぶんぶん手を振っていた。 「スープ鍋、返しに来たぜ! 故郷の味とはちょっと違ったけど、これはこれで美味かったよ。ありがとな!」 「いや、来てくれて助かったよ。ついでに頼みを聞いてくれないか?」

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