1052 / 1998
第1052話
「…………」
たまらなくなって、アクセルは整えたばかりの兄のベッドに潜り込んだ。
枕に頭を埋め、布団をかけた途端、兄の匂いがふわっと漂ってきて自然に涙が流れていた。
「……ぐすん……」
いつまで兄のいない生活が続くのだろう。いつ帰ってきてくれるのだろう。こんなことなら、昨日「お腹空いた」と言った時に止めておけばよかった……。
考えても仕方がないことばかり頭に浮かび、どんどんネガティブな思考に嵌まっていく。
兄がいれば「またしょうもないこと考えて」と叱り飛ばしてくれたものを、当然のことながら兄は今治療中である。どんなに寂しくても我慢するしかない。
――しっかりしなきゃ……兄上がいない間に強くなるって決めたんだから……。
兄がいない生活は、生前にも経験してきたのだ。兄が亡くなって十年以上、ずっと一人で生活してきた。それに比べれば、獣化が完治するまでの間くらいどうってことない……。
アクセルは一生懸命自分に言い聞かせ、硬く目を閉じた。
せめて夢の中で兄に会えるといいな……と思った。そうすれば、どうしようもない寂しさを少しは紛らわせるような気がした。
***
翌朝。いつもの習慣か、アクセルは陽が上ってすぐに目覚めた。生憎、兄どころか夢すら見られず、ちょっとがっかりしてベッドから抜け出した。
――まあ、悪夢を見るよりマシか……。
そんなことを考えながらベッドを整え、ベランダから庭に出て軽く走り込みをしようとする。
いつもなら庭に下りて行った途端、ピピが喜び勇んですっ飛んでくるのだが、今朝は新しい小屋が目に入っただけだった。
――ああ、そうか……ピピは逃げちゃったんだっけ……。
今自分は完全に独りぼっちだ。兄もピピもいない。鍛錬も一人、食事も一人、余暇を過ごす時も夜寝る時も、ずっと一人だ。
せめてピピが帰ってきてくれれば寂しさも消えるが、兄に襲われた手前、臆病なピピがここに戻ってくるとは考えづらい。
こうなったら自分が山に捜しに行くしかないかな……と思いつつ、軽くランニングをしていると、
「ぴー」
「……えっ?」
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