1118 / 2012
第1118話
「私に『もっと自由に生きていいのよ』と教えてくれたのは彼女です。完全に彼女の真似はできませんでしたが、彼女のおかげで私は随分救われました。初めて施設の外に出たのも、彼女に出会ってからです。施設のことしか知らなかった私が、世界はこんなに広くて明るいのだと知りました。彼女がいてくれれば、私はもっと自由に生きられるかもしれない……そんな幻想を抱いてしまうほどに」
そう言いつつ、グロアは再び毒針を振りかざした。
「……ですが、あなたの言う通りかもしれませんね。彼女は本当に気まぐれで自由奔放でした。自ら行動するのはいいけれど、他人の指図は鼻で笑うような人でした。気まぐれに施設を訪ねることはあっても、私が誘った時はなかなか訪ねてきてくれなかったり……。今思えば、彼女を特別視していたのは私だけで、彼女の方は私のことなんて何とも思っていなかったのかもしれません……」
「グロアさん、それは……」
「私が実験を繰り返しても彼女が蘇らないのは、きっと彼女の意思なのでしょう。これ以上、実験を続けるのも無意味な気がしてきました。……本当に、この辺りが潮時なんだと思います」
隣の兄が身構えた。いつ飛びかかろうかとタイミングを窺っているようだった。
自暴自棄になったグロアが、道連れ同然で薬を散布してきたらおしまいである。
「……!」
ところがグロアはくるりと毒針を自分の方に向け、自分の首に深々と突き立てた。中に入っている薬も残らず注入した後、よろよろと針を引き抜く。
「……また会えたら、私を、どこかに、つれてってくださ……」
ドサッとグロアが崩れ落ちる。倒れる寸前、彼女は何故かこちらに手を伸ばしたように見えた。
しばらくぜいぜいと息をしていたが、やがて虫の息になり、だんだん呼吸の音も聞こえなくなってきた。
数分待ってグロアの口元に手をかざしたら、彼女は既に息をしていなかった。
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