1134 / 2012

第1134話

 苦笑してごまかし、昼食を平らげた後またゆっくりしたペースで山を下る。  いつもなら夕方前には帰ってこられるはずが、ペースを落としたせいか家に着いた頃には長い夕陽が差し込んでいた。 「ごめんね、こんなに時間かかっちゃって」  ハチミツ入りレモン水をがぶ飲みしつつ、兄が苦い顔をする。綺麗な顔にうっすらと疲労の色が浮かんでいた。 「汗かいたからちょっとシャワー浴びてくるよ。ご飯は軽くていいからね」 「あ、ああ……わかった」  浴室に入っていった兄を見送り、アクセルはキッチンに立った。  軽くていいと言われたのでパスタにでもしようかと思い、ペンネタイプの乾燥パスタを大鍋で茹でた。  その間に、イノシシの干し肉を切り刻んでボロネーゼっぽいソースを作る。  そうやって夕食の準備をしていたのだが、兄はまだ風呂から出てこなかった。兄にしては随分な長風呂だ。  ――やっぱり、結構落ち込んでるみたいだな……。  今まで当たり前にできていたことができなくなっているのだから、その落差にショックを受けてしまう気持ちはわかる。  特に兄はスタミナも腕力もずば抜けていたから、それがたった一ヶ月で平均並みになってしまって悔しかったのだろう。兄の立場で弱くなるわけにはいかないというプライドもあるのかもしれない。  ――でも、兄上だったらちょっと鍛え直せばすぐ元に戻ると思うけど……。  一度鍛えた筋肉は、例え衰えても鍛錬し直せば復活しやすい(ケイジ曰く「マッスル・メモリー」というそうだ)。  だから獣化の治療で一時的に筋力が落ちても、そこまで気に病むことはない。獣化自体、兄のせいではないんだし、また普通に鍛錬し直せばいいだけのことだ。  でも兄にとってはやはり複雑で、しばらくはああやって落ち込んだままかもしれない。  下手に慰めると余計に気にしそうだから、こちらからはあまり話題にしないでおこう……。  そう思い、アクセルは淡々と夕食の準備をした。

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