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第1210話

「あっ、ユーベル様!」  そのモヒカン男は瞬時に態度を変え、媚びるようにユーベルに寄っていった。 「ユーベル様、聞いてください! こいつがオレの指定席を勝手に使いやがったんです! 空いてるロッカーは他にもあるのに、移動してくれないんですよ!」 「ちょ……だから、ロッカーに指定席なんてないでしょう。というか、さも俺が悪いみたいに言わないでくださいよ」 「るせー! てめぇは黙ってろ!」 「黙っていたら、あることないことユーベル様に吹き込むじゃないですか。というか、空いてるロッカーがあるんだから、あなたこそ他のところを使えばいいでしょう」 「やかましい」  ユーベルが唐突に愛用している武器を振り回した。リボンのように薄く鍛えられた刀だ。  それが鞭のように唸りを上げ、控え室全体に嵐を巻き起こす。 「っ……!」  凄まじい殺気から逃げるように、ほとんど勘だけでユーベルの攻撃をかいくぐった。  不規則に動く刀に何度か毛先を切られたものの、どうにかこうにか全ての攻撃を避けきりユーベルが鎮まるのを待つ。  ようやく攻撃が止まり、目だけで周りを確認したら、新品のロッカーが全てズタズタに切り裂かれていた。もちろん一番奥にあったアクセルのロッカーも壊れており、中にしまっていたタオルやハチミツ入りレモン水が台無しになっている。  ――うわぁ……なんてことだ……。  やや青ざめていると、ユーベルは淡々と愛刀をしまって言った。 「ロッカーごときで喧嘩するなら、最初からロッカーなど使わねばよい。試合前に余計な騒ぎを起こさないでください」 「す、すみません……」 「ほら、そろそろ行きますよ。ランゴバルトを待たせるとキレられますからね」 「はい……」  仕方なくユーベルに続いて控え室を出ようとした。  ――ったくもう、理不尽だな……。  とんだとばっちりだ。試合前に気分が悪い。どこの誰だか知らないが、ああいう面倒な輩には気を付けないとダメだ。  ――あれ? そう言えば……。

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