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第1328話
アロイスは今でも元気に暮らしてますよ……と言ってやりたいが、「じゃあ連れてきてくれ」と言われたらどうすることもできない。本人に会わせてやりたいのはやまやまだが、それはヴァルハラのルール上不可能なのだ。
かといって、「アロイスは死にました」というのも酷だし、そもそも嘘をついているみたいで釈然としない。事実、アロイスはヴァルハラで面白おかしく生きているから、本当に死んでいるわけではない。
だけど、その辺の細かい事情を話したらヴァルハラに強制送還になってしまう。おふくろの味を勉強する前に、ヴァルハラに戻るわけにはいかない。
言葉に困って口を閉じていると、代わりに兄がこう言った。
「アロイスくんが『お母さんの味』を恋しがっていたのは本当ですよ」
「……そうさね。あの子は豆のスープが好きだったからさ。きっとお供えしてやったら喜ぶだろうね……」
ぐすん、と目元を拭うアニータ。
そんな彼女の姿を見たら、こちらの胸が痛くなってしまった。
――会わせてやりたいな……。いつかヴァルハラのルールが改訂されて、里帰りできるようにならないかな……。
アロイスのリクエストに応えるために地上に降りたものの、軽々しく人に会うものじゃないなと思う。赤の他人ならセーフと言われているけれど、やはり本人が会いに行けないのが一番の問題だろう。
自分のランクがもっと上がったら、ヴァルハラのルールも少しは変えられるようになるだろうか。兄たちがかつて革命を起こしたように、里帰りの法整備もできるようになるだろうか……。
「……まあとにかく、うちの愚息が騒がしくしてすまなかったね。風呂にでも入ってゆっくりしておいでよ」
そう言って、アニータは静かに家に戻っていった。
「お母さんも大変だねぇ。多感な年頃の子を抱えているとさ」
と、兄が腰に手を当てて言う。
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