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第1335話

「兄上!」  家から飛び出したアクセルは、目の前の光景を見て驚いた。  森の入口からぬっ……と現れたのは、全長三メートルはありそうな巨大な熊だった。足腰も強靭で、腕も丸太のように太い。  そんな獣と、兄が真正面から対峙していた。先程のドーンという音は、兄がアーダンを咄嗟に投げ飛ばした音だったようだ。 「兄上、大丈夫か? 俺も一緒に……」  急いで駆け寄ろうとしたところ、兄はこちらを振り向くことなく手だけで制してきた。 「いや、大丈夫。お前は家族を守ってあげなさい。万が一のことがないようにね」 「あ……ああ、わかった」  言われた通り、投げ飛ばされたアーダンを家の中に押し込み、素早く扉を閉めて扉の前に仁王立ちになる。  念のため、いつ襲われてもいいように抜刀だけはしておいた。 「うーん……餌がなくなって出てきたようには見えないね。とっても立派な体格をしているし」  兄は全く慌てることなく、冷静にその熊を観察していた。 「子育て中で気が立ってるわけでもなさそうだ。きみ、オスだもんね? ここから先は人間の領域だよ。迷っちゃったなら見逃してあげるから、狩られたくなければ森にお帰り」  問答無用で斬ることなく、まずは説得を試みている兄。  熊に気持ちが通じるかはわからないが、うっかり出てきてしまっただけなら、ここで殺すのは忍びない。 「グルルル……」  だが熊も、全く引くことなく兄を威嚇している。後ろ足だけで立ち上がり、前足を上げて巨体をこれでもかとアピールしていた。あんなヤツに襲われたら、普通の人間はひとたまりもない。 「血気盛んだね。そういう子は嫌いじゃないけど、相手を間違えない方がいいよ」  兄の雰囲気が少し変わった。殺気を込めた目で熊を睨み、愛用の太刀に手をかける。そのままスッと抜刀し、熊に向かって構えてみせた。  賢い獣ならここで相手の力量を見極め、戦わずに逃げるという選択肢をとるのだが、この熊は残念ながらそれだけの能力がないようだった。

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